大阪市立桜宮高等学校

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大阪市立桜宮高等学校(おおさかしりつ さくらのみやこうとうがっこう)は、大阪府大阪市都島区にある公立高等学校

普通科のほか、体育科(各学年80名)とスポーツ健康科学科(各学年40名)の体育系の2学科を併設している。また知的障害生徒自立支援コースを設置し、別枠の入学試験を実施して知的障害生徒を受け入れている。

沿革

大阪市北区の区会が、大正天皇即位記念事業として泉布観に実科女学校を設立することを決め、1914年3月に設立が認可された。しかし財政難のため開校が延期され、1916年からの開校となった。

1916年4月、大阪市北区実科女学校として開校した。開校当初は第一盈進高等小学校を仮校舎とした。1917年には泉布観の払い下げを受け、同地の一角・大阪市北区新川崎町(現在の大阪市北区天満橋1丁目)に移転している。

北区会は1922年6月28日高等女学校令に準拠する教育課程へと学科課程を改正した。大阪市会は1927年2月14日、従来の北区の区有財産としての運営から、市直営の実科高等女学校へと移管することを決定した。直後の1927年4月1日付で大阪市立実科高等女学校に改称している。

1934年4月1日には大阪市立桜宮高等女学校へと改称している。

学制改革により、1948年に大阪市立桜宮高等学校となった。しかし校舎を新制の大阪市立都島第二中学校(現在の大阪市立桜宮中学校)に転用することになったことに伴い、大阪市南区西賑町(現在の中央区谷町6丁目)・大阪市立南高等学校内に移転し、南高校と同居する形となった。当時、大阪市立南桜宮高等学校と併称することもあった。

1950年3月には南高校との同居を解き、北区・大阪市立滝川小学校(戦災被害により当時休校中)への移転をおこなった。1953年8月には現在地に新敷地が決定し、1955年5月に新校舎第一期工事が完成した。1955年より3年生が現在地へ移転し、1957年には現在地への全面移転が実現した。

なお旧制女学校時代に使用されていた校地は、大阪市立桜宮中学校が退去したのち、1952年10月より大阪市立北稜中学校が入っている。

1980年には大阪府の公立高校で初めてとなる体育科が併設された。また1999年にはスポーツ健康科学科が設置された。

年表

入学偏差値

入学偏差値は普通科で44、スポーツ健康・体育で51である。

部活動

1982年3月には野球部が第54回選抜高等学校野球大会に出場している。

バスケ部体罰自殺事件

2012年12月にバスケットボール部顧問(47)が同部キャプテンを務める2年男子生徒に体罰を与え、翌日(12月23日)に生徒が自殺する事件が起きた。その後の調査の結果、バスケットボール部以外の複数の部活動においても顧問による体罰や暴言が横行していた実態を、1月22日に大阪市長が明らかにした。大阪市教育委員会は、バスケットボール部とバレーボール部の活動を無期限に停止することを決定した。バスケットボール部の顧問を務めていた教諭は、懲戒免職処分とされた。バレーボール部の顧問を務めていた教諭は、停職6ヶ月の懲戒処分とされた。

出身者

交通

関連項目

外部リンク